小学生の娘が、音読の宿題をもってかえってきます。

実は、面倒な母を覚悟で先生に苦言をいたしました。

「点で一秒、丸で二秒止まって、意味を考えずに、甘い発音も無視してただ大声を張り上げて読むのが、音読をする意味ですか?」

そうでないことは知っています。でも、その先に何を目指せば良いのかは、確かに我々では難しいことですね。良ければアドバイスをください。
とのことでした。


娘らには「ほんとうの間の取り方とか、気持ちをいれるって言うことは中学からでいいから、今は、お手本通りに読もう」と伝えていらっしゃるようです。


先生がおっしゃったことは概ね非常に正しい。
点や丸で止まるコントロール力は必要だし、大きな声を怖がらずに出すことは必須です。

けれど、よくみるととてもおかしい。

「中学になったら」誰が音読など素直にしてくれるものですか。
言語に関する臨界期は9歳頃がピークなのに、その時期を、六年間全て同じコメントで終わらせるつもりですか?


これは、先生に対する苦言ではございません。
あんなに素晴らしい教育指導概要を作ってくれた文科省の、トップページに書かれている文言が、今の教職免許をお持ちの方には実現し難い内容であることが問題なのです。


世の中には、滑舌、発声、発音、表現のスペシャリストが数多く存在します。
小さい子にこそ、専門教育が価値あるものなんですよ。

っという授業を本日行って参ります。
今日は熱くなりそう(笑)
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