今日は、義父の一周忌の法要。
親鸞聖人の750回遠忌にあわせ、法要を行いました。
稚児行列可愛かったあ!
うちのチビにもやらせてあげたいな(^^)

今日の読経と説法は、重鎮が全て大きなイベントに出向いているため(とかいうと失礼ですが)若い僧侶によるもので、パワーを感じて楽しかった。 それもまた失礼(笑)
でも、ほんとに。
素晴らしい丁寧な発声法。
キレイな空気…。
説教部分も、かなり短いが、親鸞聖人の求めたものがすごくよくわかった。
並びに、
親鸞という人は
結構クドイ人なんだなぁ…。

いや、
学のない人たちに教えを説くため
いろ~~んな言い回しを工夫したんやろな

と、
800年前のエンターティナーの愛を感じた。


元々実家は禅宗の一派である「曹洞宗」の門徒に分類され
旦那の実家が浄土真宗に分類され
まあ、日本国内では、新興宗教を除き、それでどうこうあるのも少なく、
「そうなんだ~」
くらいの認識だったんだけど、
だからゆえに
その程度の認識しかない日本人に、なぜ宗教が必要なのかを考えていたのです。
まあ、これはずっと昔からの話。

もし、仮に暇があったら、昔のブログで詳しくキモく語っているので…
(笑)それはもういいか。

今日の説法では、

「人生とは旅である」

まあこれはよく聞く話。

「旅というからには、帰り着く場所があると思えると、気が楽じゃないか?」

そりゃそうだ。
ほんとだ。

「同じ浄土を思い浮かべてさえいれば、
 死しても、そこに帰るだけだし、同じ浄土を思っていた人に会えると思わん?」

なるほど!
それは、とてもメルヘンだ!!!!!

「俺(親鸞)、先立った人も含めてさ、ちゃんとあっちでも優しくしてあげるしさ!
 一緒の浄土で待っててや!!てか、待ってるし☆」

…ちょっとニュアンス違うかも(笑)
まあ、これだけのことを長々とA42枚くらいに渡って切々と語る親鸞(笑)
くど!
などど偉人様に対してとても失礼なことを感じつつ。
法要を終えてまいりました。



西本願寺とか本願寺といえば、信長の時代や新撰組の時代の、
いわば歴史ファンにとっても聖地的場所なわけですが。
今日は、このまま順調に行けば、将来お世話になるであろう浄土真宗というものを、もっと知りたいと思ったのでした。

親鸞聖人の言葉現代語訳版購入!
3分で夢の中…

そんな京都からの新教徒の帰り道でした☆



※一部語弊があったので、ちょっと修正・10/16
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